柴又から矢切へ 2005/09/26
23 日にヨメさんからの依頼を受けて、柴又から矢切へお散歩に行った。
私は東京都江東区の出身で、通った高校が都立江戸川高校だったので、
写真を撮りに柴又の帝釈天には何度か行ったことがあった。
8 月 28 日の夜に短い時間だけど帝釈天の盆踊りに行って、ヨメさんが柴又
を気に入ってしまい、今回のお散歩となった。
帝釈天は余り変わっていなかったが、参道は昔とは大きく様変わりしていて、
懐かしさより目新しさのが先に立った。
フーテンの寅さんで有名になった柴又帝釈天であるが、「男はつらいよ」の第
一作が世に出たのが昭和 44 年なので、私が時々通ったのがそれより 2 年
ほど前の話になるので、柴又は、まださほど有名ではなかった。
行った日が休日だったせいもあり、かなり多くの人出ではあったが、ほぼ想
定内。矢切の渡しもほとんど待たずに乗れた。
柴又から矢切の渡しを渡り、千葉県松戸市矢切に着く。大半の方は近くを
散歩して、再び柴又に戻る。なぜなら矢切の渡しから近くのバス停あるいは
北総線の矢切駅まではかなりの距離があり、途中の「野菊の墓文学碑」な
どを見学しながらのんびり歩くと小一時間は掛かってしまうからだ。
特に急ぐ旅でもなかったし、車が通らない野菊の道では「はな」を散歩させ、
車が通る道ではバギーに乗せてのんびりお彼岸の中日を楽しんだ。
実はこの日、少しまじめに写真を撮ろうと思って、購入したばかりのマンフ
ロットの中型自由雲台(488RC4 ミディーボールヘッド)を着けた 055PRO
を担いで行った。結構重いので楽ではなかったが、やはり三脚にカメラを
乗せての撮影は安心感がある。
例によって写真のできはイマイチだけど、ブレのない画像にはそれなりの
美しさがあって、何となくホッとする。
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