う~~~n 2006/10/10
下の「フト思った。」について、ご意見を頂きました。
実は、私が一番書きたかったのは「そんな人たちの方が、私なんかより、よほど
純粋に写真を楽しんでいる。」と言う部分です。
画質がどうの、色がどうの、画素数がどうのなどとあれこれ考えずに、好きな被
写体を好きなように撮影して、一喜一憂することって、写真を撮り始めた頃の自
分にもあったことを思い出して、そのころのうまく撮れたときに感じた喜びを懐か
しく思い出しました。
もちろん、いまでも気に入った写真が撮れたときには嬉しいのですが、あまりにも
多くの良い写真(写真家や他の方々の撮影したもの)を見過ぎたために、自分が
撮影した写真にパワー不足を感じるばかりで、いつもため息をついてしまいます。
一番の問題は私自身の写真に対する取り組み方で、今以上に真剣に写真を撮る
という気持ちにならない限りは、どうあがいても無駄という気がします。
幸いアマチュアなので、何をどう撮ろうが私の自由です。うまく撮れなかったら、う
まく撮れるまで撮り続ければ良いだけです。ただ、そうすると皆さんに見て頂きた
い写真、別の言い方をすれば、これが私の作品ですと言えるレベルの写真を撮れ
るまで、作例をアップしないと言うことになり、それでは私自身の自己顕示欲が満
たされません。(^^;
今まで作例としてアップした写真の中にも 10 枚程度は作品として評価して頂き
たいと思うものはありますが、逆にそれはこの私のサイトの目的とはチョット離れ
てしまうこともあり、あえてそのようなコメントは書いてありません。
それに当然のことではありますが、私自身が良いと思う写真とご覧頂いた方に
良いと言われる写真は必ずしも一致しません。それがどうしたと言われてしまえ
ば、ただそれだけのことですが・・・。
悩んでいるわけではありませんが、もう少し写真と自分との関わりを整理してみ
る必要がありそうです。
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/82315/12228585
この記事へのトラックバック一覧です: う~~~n 2006/10/10:


コメント
関係ない話かもしれませんが、以前は、ピンボケ、手ブレ、色、に一喜一憂してましたが、SD10を使うようになって、なぜかわかりませんが気にしなくなりました、ただもう他のカメラは使う気になりません、なぜか銀塩写真を感じてしまうのです、この感じは非常に楽しいです。
SD10にスプリットマイクロプリズムマットを移植する腕があれば、ピンボケは、カメラのせいにせず、自分の責任の下に入れたいですね。
写真を撮っていて、一番うれしいのは、撮った写真を喜んでもらえることかな・・・(一番の批評家は家内ですが)、その原点にSD10は気づかせてくれます。
「楽しい」「うれしい」について、ちょっと考えました。
投稿: のんきな父さん | 2006.10.10 10:18 午後