とりとめなく・・・。 2007/09/14
私が写真を撮り始めたのは中学3年の時。西暦で言えば 1963 年、東京オリン
ピックの前の年である。ミノルタからは SR-1、キヤノンからは RM が出ていたと
思う。オリンパスがペンを出したのもこの頃だ。
母親が持っていたマミヤ 35 が私が使うことができた初めてのカメラだった。高
校1年の時にこのカメラを無くしてしまい、ヤシカリンクス 5000 を買ってもらった。
不思議なことにこのカメラは今でも我が家にある。
私が写真を始めた当時、ニコンFフォトミックは 50mm F1.4 が着いて8万8千円
だったと思う。ただし、この値段はインターネットで調べて確認をしていないので、
間違っているかも知れない。その頃ペンタックスSVは多分、3万6千円だったと
思う。
高校の写真部に入ると一眼レフが欲しくなり、安かったミランダFを買ってもらい、
レンズなどはアルバイトで揃えた。
ミランダを使っていたのは3年間くらいで、その後はペンタックス SP、SL、ES、
キヤノンAE-1、F-1、A-1、オリンパス OM-2、マミヤ C33、C330、マミヤ RB76、
マミヤM645、ウィスタ 45N と変遷。一番持っていた時には 35mm カメラ3台、
セミ判1台、67判1台、4x5 1台を持っていたことになる。プロになってハッセル
を持っていたこともあるが、あまりにも使わないので、売ってしまった。ビューカ
メラが必要な場合は借りた。大体の撮影はマミヤ RB67 かウィスタでこなせた。
実は私はニコンのカメラやレンズを自己所有していたことは一度もない。なぜか
巡り合わせが悪いようだ。本当の理由はお金がなかったからだと思う。ミノルタ
もデジタルになって DiMage 7 と DiMage 7 Hi を買ったのが最初で最後。
お金持ちではないので、カメラを買うときには十分に下調べをしてから買う。だ
から買った後で後悔したことはあまりない。と言うよりすぐに他のカメラに乗り
換えることはできないので、そのカメラを何とか使いこなそうとする。
実は衝動買いしたカメラも1台だけある。ペンタックス ES だ。多分、世界初の
絞り優先 AE を持ったカメラではないかと思う。露出やピントなど写真を撮る上
で自動化が可能な部分は限りなく自動化して欲しいと昔から思っている。
シャッターを押す際に必要なのはフレーミングとタイミング。それ以外のことに
気を遣う必要が無いように事前に準備する。が、その準備に要する時間や手
間は少なければ少ない程良い。
もちろん撮影する、あるいは撮影しなければいけない写真の種類によって気
の遣いどころは異なるし、相手が動かない被写体であれば、タイミングはさほ
ど重要ではない。デジタルになって、まるで撮影の手順が変わってしまったの
が物撮り。
私は時々オークションに使わなくなった機材や着なくなった子供の服などを出
品するけど、その出品物の撮影はまさに物撮り。銀塩の時代には考えられな
かったような撮影手順で撮る。あまり変わらないのはセッティング。モノをどの
様に撮るかと言う部分は全く変わらない。ライティングもあまり変わらない。が、
シャッターを押すまでのセッティングとライティングに掛ける時間は異常に短い。
なぜなら、「とりあえず撮ってみる」ことが費用を掛けずにできるからだ。
とりあえず撮って、その場で現像して写真が出来あがる。それが気に入らなけ
れば、気に入らない部分を変更してまた撮る。これを2~3回繰り返せば、自分
が望んだような写真が必ず撮れる。もちろんイロイロな制約はあるけれど、その
制約の中で最良と思える画像を非常に短い時間で得ることが可能だ。
そして、それだけではない。レンズの収差やパースペクティブなど撮影時には
変更不可能な部分に関してはレタッチができる。始めからレタッチを念頭に置
いて撮る場合は、もっといい加減で良い。正直言って、こんな時代が来るとは
夢にも思わなかった。もちろん、物撮りカメラマンにとって最も重要な「モノを
より魅力的に見せる」という部分に関しては永遠の課題なのだけど、「ちゃんと
写す」と言う常に存在するハードルをクリアすることは難しいことではなくなった。
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